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自信と謙虚の間で揺れ動くリーダー

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自信と傲慢。同じ線上の両極にある2つの真ん中にあるものは何か? 優れていると言われているリーダーは、自信と傲慢が同じ線上にあることは知っている。 この線上の真ん中、つまり変わり目にあるものは何か? それは「謙虚さの有無」だろう。 普段仕事で関わるクライアントには、多くのリーダーがいる。 効果的なリーダーと言われる人もいれば、常に批判されているリーダーもいる。 そして得てして批判されているリーダーは、そのことを知ってか知らずか気にしていないか、気づいていない面もある。 効果的なリーダーと言われている人の来歴には、自信に満ちあふれていた時代があったことが共通している。。 彼らはその頃、何か直感めいたものが次々に思い浮かび、数々の局面を乗り越えてきたし、乗り越えられると心のどこかで信じていた。スポーツでいう「ゾーン」状態にあったのかもしれない。 それは彼らにとっては甘美なものであるのかもしれないし、おそらく何度も思い出す日々であるかもしれない。 しかし彼らは、その満ち溢れている自信が過剰になると、「傲慢」になっていくことも知っている。 効果的なリーダーの共通点は確かにある 周囲から尊敬や信頼を受けているリーダーの存在は、チームや組織において効果的だ。 その効果的な言動は共通している。 ●メンバーのチカラを伸ばそうとする。 ●他者の意見に対して決してフタをすることはない ●指示をする時は、決まって緊急時のみ 「そんなことなら、既に知っているし、やっている」という声が聞こえて来そうだが、この3つは単に共通しているやり方に過ぎない。 つまりは、メンバーのチカラを発揮できる環境を整えていくという大きな役割を担っているという意識を持っているのだ。 そして、このようなリーダーの下に育ったメンバーは、自らがリーダー的立場になった時にそう在ろうとする。 かくして強い組織への好循環が生まれる。 メンバーにリーダーのことを聞いてみると、やはり、「自信のある人」「謙虚な人」というキーワードに終始する。 具体的には、話しをしっかり聞いてくれる、駄目なものは駄目だという、判断できるように基準を示してくれる、といったところだ。 自信は大切だが、謙虚さを見失うと、傲慢になるのか? この疑問を効果的であると言われているリーダー達に

社員参加型経営を実現する鍵はメッセージにある。

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社員との距離というジレンマ 社員全員参加型経営という言葉を聞いて久しい。会社組織は不思議なもので、社員数も増え、事業も軌道に乗り始めると、トップとしては、より大きな目標を掲げ、これを目指してやっていくぞと旗を振ることになります。そうしたいかどうかは別として、そうしなければ、雇っている社員の成長意欲が止まることを知っているからです。その反面、社員との距離が遠くなるというジレンマに陥る経営者も多々いるのも事実です。 そこで経営手法として、数年前から「社員全員参加型経営」というものが出てきましたた。小さい集団から始めるスタートアップなどの起業したての小さな会社であれば、このジレンマに陥ることはほぼないでしょう。むしろ、事業部を複数抱え、総務・管理部門を持つ中小企業が成長するにつれ、陥るジレンマです。 私も「社員全員参加型経営をしたい」と相談を受けたことは少なくありませんが、本当の意味で実現している会社は多くはないのが実情です。 社員全員参加型経営には様々なやり方がある 弊社が提供してきたものも含めて見聞きしてきた進め方としては、大きく分けて5つです。 1.ビジョンや経営計画の策定、実行を全員で取り組むこと               2.社内の業務プロセスを全社員で再構築すること                   3.社員全員参加の研修などを設定し、共通言語をつくること              4.社員持ち株制度を導入すること                          5.会社の売上から給料決定までのお金の流れを社員全員が理解できるようにすること どれかひとつもしくはその組み合わせといったところです。どれも良いものだし、間違っているわけでもありません。これらに取り組むことは相当なエネルギーが必要だし、道半ばで頓挫してしまってもなんら恥ずかしいものでもないでしょう。むしろ、道半ばで頓挫したとしても、確実に成長は図れている企業の姿を私は何度も目にしてきました。 道半ばで頓挫する理由はそれなりにある。 頓挫する企業に見受けられる理由は、ほとんど共通しており、おおよそ以下の6つです。 1.問題を担当部署の責任として解決を求める。 役割責任という意味では、間違いではありません。しかし問題解決イメージを持たないまま

北極にいてもバナナを見つけてくる人の採用に必要なこと

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【突き抜けている人を探せ】 毎年春になってくると、多くの企業は新卒採用に向けて、会社説明会などを始める。 この時期、経営者や幹部からよく聞くのが、「突き抜けている人材」や「新しい風を吹き込むような人材」というイメージ。 例えて言うなら「北極にいてもバナナを見つけてくるような人」が欲しいということ。 新たな発想で物事を進めていけるような人材ということだ。 特に営業系やマーケティング系への配属となると、競合と戦うことより、独自の視点で新たな市場を築くことの方が、時として重要になることも多いからだ。 一方で、こういったある種突き抜けた人というのは、今の時代では、そもそも就活自体を敬遠する。 自分のチカラをある程度は自覚しているし、就活自体に興味がなく、自分で起業していくことに重きを置いている。 本当に突き抜けているような人材は、なかなか網には引っかかってこないだろう。 しかし同時に企業はこう考える。 「そんな人でも、さまざまな事情を抱え、就活をしている人もいなくはないはず。そういった人を採用できればいいのだ。」 そこで、「今の会社にはいない突き抜けている人材が欲しい」と採用活動を躍起になって取り組む。 そしてそういう人を採用できたとしよう。 【突き抜けた人が辞めていくあるパターン】 問題はここから発生する。 「北極にいてもバナナを見つけてくるような人」を採用したのに、 「北極にいてもバナナを見つけるどころか辞めてしまった」ということになるのだ。 これにはある種のパターンがある。 どういうことか? 突き抜けているチカラを持つ人は、自分のチカラをある程度知っているし、やりたいことも明確だ。 辞めていくのは、単純な理由の場合が多い。 「自分のチカラを発揮できる環境がない。」というこの一言だ。 もともと就活しない人材は、最初から企業が持つ環境に期待していないから就活をしないのだ。 【何が必要なのか?】 企業が求める人材像を明確にすることはいいことだし、必要だ。 その人材にこだわり求め続けていくことも企業を発展させることになる。 そして同時に「その人材がチカラを発揮できる環境が我が社にあるのか?」と問い続けることも必要だろう。 給与や福利厚生面といった、物理的な要因だけが環境ではない。 社内のコミュニケー

48歳女性管理職、リーダーシップを発揮する。

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6ヶ月間のリーダーシップトレーニングに参加した48歳女性管理職。そのストーリー。 【総務一筋48歳、女性管理職】 ずっと総務畑一筋でやってきた女性管理職が6ヶ月間にわたるリーダーシップトレーニングに参加した。今回のテーマは「チャレンジ」 自分で決めた目標をなんとしてもやり切るところに意義を置いた内容。 いわゆる「コミットメント」を問われることになった。 彼女は会社の外に出たことがない。 外部との接触はせいぜいが決まった取引業者とのやり取りだけ。 しかも自分でイチから交渉して取引を開始したことはない。 しかし社内では、何かと頼りにされ、社長の言葉を借りれば「彼女がいなくなると内部は回らなくなる」と言わしめるほどだ。いわゆる事務方。裏方の存在。 総務はその仕事の性質上、会社を守り、外部折衝中心の事業部のチカラを押し上げていく存在であることはいうまでもない。得てして総務のチカラが弱い会社は営業成績も芳しくない。と私は見ている。 【リーダーシップを求められる立場】 彼女は、子供も手が離れ、昇格し、部下を持ち、リーダーシップを発揮しなければならない立場になった。しかしそういう立場にたったから、「はい、今日からリーダーとしてチカラを発揮しなさい」と言われても、なかなかできるものではない。 リーダーの最初の入り口は、いきなり部下育成をすることではない。それは役割であり、責任であるのだが、 何よりも先に自身がリーダーとして与えられている権限のなかで「何をなすか?」を自分に問い、「決める」ことが求められるのだ。 彼女は、自分で何が必要かを考え、その解決や実現、達成に向けて手を打っていく意思決定を求められる立場になったということだった。 なんでもかんでも上長にお伺いしていく立場ではないということは頭ではわかっていても、ついお伺いしている自分に気づく毎日が続いていた。 【難題にたじろぐ】 かくして彼女はリーダーシップトレーニングに参加することになった。 共に受講するのは息子、娘に近い年齢。しかも彼らは全員営業部に所属。裏方的な存在は自分だけ。立場的に見ても自分だけが課長。他の若いメンバーはまだ「長」のつく立場になっていない。 戸惑いがなかったわけがない。トレーニング開始当初は照れ隠しの発言が目立つことしきり。しかし時間が経つ