2010年9月22日水曜日

「急ぎの仕事ほど忙しい人に頼め」は本当か?

訪問先のクライアントでのこと。
課長とその部下のチームで販売促進の企画会議をしていた。
そこへ営業部長が登場し、部下の一人を会議室から連れ出した。
5分程度で戻ってきた彼は、少し怒りモードに入っていた。
「クソ忙しい時に、急ぎの仕事をたくさん振って・・・なんでやねん!」と。

➽➽「急ぎの仕事ほど忙しい人に頼め」は本当か?

これは一般的にビジネスマンなら誰でも通過儀礼のように若手の内に経験する。
現在35歳以上の人なら一度や二度は経験したことはあると思う。
それ以下の人となると、あまり聞かない。
「人に優しく」とかなんとかをちょっと勘違いした捉え方をしている人が増えたからだろう。
この記事を書いた2010年9月時点を思い出すと、「人に優しく」というフレーズが流行っていたように思う。十分な人材育成もしないまま、欧米式の成果主義に走り過ぎたことや、成果評価だけでは従業員満足が図れないと反省した動きが高まり始めた時期。ライフワークバランスという言葉も耳にする機会が増えた時期でもある。 (2020.06.12追記)
なぜ、「急ぎの仕事」を「忙しい人」に頼むかというと、頼む側の立場にたって考えてみるとおおよそのところはわかるだろう。

➽アテにされているということ。

件の彼も、自分がそれなりに「アテにされている」ことはわかっているから、怒りながらもどこか喜んでいた。
怒りながらも、「しゃあないなあ」と愚痴りながらもモチベーション満載感を漂わせていた。

・どうでもいい仕事ならば、急ぎでなくてもよい。
・どうでもよくないからこそ、急いでいる。

急ぎの仕事を振られる側として、この2つを理解しているかどうかで、急ぎ仕事を受ける時の動きが変わる。

●急ぎ仕事を受ける時の確認事項
・期限を確認する
 急ぎであるからこそ、これは重要であるし、次の確認事項につながる
・自分の仕事の優先順位と劣後順位を確認する
 現在、進めている仕事と並列処理しなければならないのか、それとも現在の仕
 事の期限をずらしても良いのかの確認をする。ある意味上司との交渉となる。
 この上司との交渉力は、外部との折衝力に直結することはいうまでもない。
・直近で依頼してきた上司との打合せ時間を設ける
 急ぎで取り組んだ場合の抜け漏れを防ぐためにも、仕事の方向性や判断基準な
 どを確認する時間を確実に取る。具体的な指示がない限り、方法はまかせられ
 ていると捉えて良い。肝心なことは方向性を間違わないことだ。

忙しい人は、常に時間を気に留めているのが通常だ。
そして常に「問い」を持ち続けている。
仕事のタスクをいつまでに終えなければならないか?
そのタスクの次はどんなタスクがあり、またプロセスに進むのか?
その仕事とは別の仕事の次のステージはどこか? 
といった具合だ。









●なぜ、時間的に余裕がある人に振らないのか?
ここでいう時間的に余裕がある人は、言い方は悪いが、「暇な人」のことだ。
その暇な人に急ぎの仕事を振るとしよう。
依頼側である上司は、それをするとロクなことにならないことを知っている。

なぜ、知っているかというと、暇な人達は、上に示した「急ぎ仕事を受ける時の確認事項」を怠りがちだからだ。
そして、大抵、些細なことに気をとられ、結論から考ない。
また、かなり時間が経ってから具体的な指示を求め、言われたことだけをする。
急ぎの仕事の場合は、すぐさま、具体的な指示を求め、それを実行する。
それでも、その急ぎの仕事は完了する。ここまでは良い。
「ご苦労さん。ありがとう。」で終わる。
しかし、その完了した仕事にも、完了させた「暇な人」に付加価値はない。
なぜ付加価値がないか?
具体的な指示を求めていることは、それは即ち上司が考えたことであるからだ。指示を受けた人はただ実行しただけだと判断されるからだ。
なので、暇な人は、仕事が遅いと思われがちで、つまらないものしか出してこないと判断されてしまう。せっかく急ぎの仕事を完了させたにも関わらず、「考えていない人」と自ら評価を下げることをしているということだ。

●忙しい人と暇な人の違い
仕事の量も質も高いものを持っているかどうか。つまり生産性が高いかどうか。
通常はこのあたりでしかない。
いつもきちんとした仕事をしているから、急ぎの仕事を依頼される。

急ぎであっても、きちんと仕事をしている人は、ツボがわかっているから、些末なことにとらわれず、核心をついた進め方をして、早く上げる。
早く仕事を上げる人の共通するのは、えてして「仮説」を打ち立てるのが早い
「仮説」を立てると、それが成立するか否かの机上検証よりも、成立するように構築する(都合のいいようにするという意味ではない)。
机上検証をその後に取り組み、不具合を調整する。
また仮説を立てた後、考えをまとめていく中で、息詰まる時があると、それは一旦ワキに起き、また最初から違った仮説づくりに入ったりもする。

こういった仮説を次々に打ち立てて仕事をする人は、その仕事を振られてから考えるというよりは、常日頃からその事もしくはその周辺について、つらつらと考えている。
情報量が圧倒的なのだ。
同時に情報リソースをたくさん持っている。内部にも外部にもだ。
当然依頼する側もそのことを知っている。
なので早い段階で打ち立てた仮説も外すことは少ない。
仮説を外すことがないとわかっているから期待される。

そうするとスタートした時点で、「仮説」という到達点を見据えてやっているので、スタートダッシュは当然早くなる。
だから忙しくても依頼される。
これを若手の内に経験している人とそうでない人の違いは大きい。

➽急ぎでない仕事を「急ぎ」と称している場合もある

しかし、本当は急ぎでもなんでもない仕事を振られている場合も実はある
それは、どれだけの力量を持っているか試されている場合が多い。
あるいは、持っている力量を更に引きだそうとしてくれている場合もある。
そしてそれで穴を空けたりすると、そこまでの量ならば大丈夫と判断される。
しかしきっちりやると、更に要求され、そのうち本当に忙しくなってきて、それこそ「急ぎの仕事ほど忙しい人に」となる。
これはれっきとしたひとつの人材育成方法だ。
こうした「試す/試される」といった人材育成方法は、人に仕事が着いて回ることになり、疲弊・過労というものが起きる要因の一つとされ、現在はあまり歓迎されてはいない。働き方改革の一環で社員にとって公平性を保つ仕事の持ち方/持たせ方が主流になり、一人に集中するのはパワハラと受け取られることもある。しかしマネジメントする側にしてみれば、それでは高いポテンシャルを持っている人を伸ばしていけないというジレンマも同時に発生する。少なくともマネジメント側のスピードを越える人材は育つことは少なくなるだろう。要はしっかり相手を見て、対話を重ねバランスを取っていくしかないだろう。(2020.06.12追記)
●頑張った/頑張っている評価の正体
特に顧客接点を持ってビジネスをしている場合、穴は許されない。
穴を空けたら、次はもうない。
売上が低下するばかりか、それこそ会社全体が食いっぱぐれてしまう。
だから必死になって依頼されたことをなんとかやり遂げる。
これは昭和時代に社会人となり、失敗を重ねながらも成果を生み出してきた人や会社全体の意思決定、もしくはそれに近いポジションをついている人達の多くが持つ価値観ではある。

昭和・平成の時代から生産性の向上は常に求められてきたことは変わりないし、今後は求められる「質」以上のものを納期内に納めることができるかどうかが問われる時代になっていくとも言われている。
頑張ったかどうかが評価されるのは、その次でしかない。
依頼を受けた時点で上記3つを確認し、「何をいつまでにどれぐらい」やればいいのかを自分で考えタスク化できるかの自律性だし、きちんと依頼者に対して答えられているかどうかということだ。
依頼する側はその辺りの姿勢を見ている。
それが「頑張った/頑張っている」の評価の本質だ。
現在は、結果評価もプロセス評価もほぼ同等に見る企業が多い。これにしてもプロセス毎の細いタスクは自分で考える他ない。ここで大きな差がつくことを知らない人は必ず文句が出る。そしてwithコロナの今、リモートワーカーを成果評価に切換える企業が出始めている。まるで以前の反省を忘れたかのように・・・。
働き方も働く環境も突然変わったのだ。従来のマネジメント方法でリモートワーカーをこれまでと同じ評価テーブルで扱うこと自体がおかしいことをマネジメント側は自ら見直す必要もあるし、評価される社員も自らの仕事に対する姿勢がどのようなものかを見つめ直すことも必要だろう(2020.06.12追記)
いったん受けたら、何がなんでもやる。やりきる。
それしかないだろう。
特に若手と呼ばれている内に、敢えて自分に課していくと良い。
それで、できなかったら言い訳もしたくなるだろう。

言い訳をすることは別に悪いことではない。
その後の「それで、どうするか?」を明確に持っているかどうかの方が重要だ。止める、諦めるという選択肢はないと思って、次のアクションを考えているかどうかだ。これがなければホントのただの言い訳にしかならない。まさしく「ガキの使い」と思われるのだ。
しかし大抵の上司は「どこまでやれたか、どれだけやったか」をしっかり見てくれている。ただ評価されるかどうかは上記した通りだ。

言われたことだけをやっていても何も変わらない。「よくやってくれている」という言葉はそこに発生するが、真意は、「だけど・・・」と続く。
これは経験数が増えていることは認めるが、成長は認めてもらえないということに他ならない。
経験につれて要領を覚えたまではいいが、仕事をこなすだけに終わる。
言われたことだけだけをやるのなら、いずれとって代わる人が出てくる。
その時、自分自身が次のステップにいけるかどうかは、言わずもがな。

この記事のタイトルである「問い」に対する回答は、やはりこれだろう。

「急ぎの仕事は忙しい人に頼め」は常にある。
この記事は2010年9月の時点で書いたものです。四角で囲んでいるところは追記したものです。読み返して追記しても、気になるところは、「人に仕事が付いていく」というところです。急ぎの仕事は多くの企業で相変わらず忙しい人に振られています。それをとってかわってやってやろうという気概の持ち主もあまり見かけることは少なくなりました。しかし、いわゆる暇な人は、言い換えれば2種類しかいません。圧倒的に仕事をするのが早いか、むちゃくちゃ遅いかのどちらかです。前者は簡単な仕事ばかりの仕事量に満足しながらも忙しいフリをしているし、後者は仕事が遅いがために多いと感じているのかもしれません。
そして、コロナ禍です。急ぎの仕事は忙しい人に行く。当然の成り行きだと見ています。(2020.06.12追記)

2010年9月18日土曜日

書くこと・書きとめること

メモやノートに書きとめること。これは企画ということを仕事にする以上は絶対だし、考える仕事を仕事をしている人であれば絶対に外せない。メモもノートも取らないのは考えること自体を放棄しているのではないかと思える。

➽➽メモやノートを書かねばわからなくなる

書いていても、わからないことはある。
わからないものはわからない。
ましてや書かないのであれば、何を基に考えるのか?
記憶だけで考えられる人は天才だけだろうと思う。

➽教科書に直接書く。

最初に書きとめることを憶えたのはいつだっただろう。
はっきり覚えているのは、5年生と6年生の選抜メンバーで構成されるオーケストラ(リコーダー中心)に、4年生ながら強引に入れられた時のことだ。
理由は簡単で「楽譜が読めて、オルガンが弾けるから、エレクトーンも弾けるだろう。以上。」ということだった。

そのオーケストラ練習の時に先生が毎回、激しく早口でいろいろと指示を出してくる。授業のように板書などをすることはなく、もっぱら口頭。周りの先輩は、一生懸命メモを取っている。楽譜に直接書いている。そういうわけで、同じく楽譜に直接書き込むことをしていた。
こうなると、それまで教科書と別にノートを書いていることにあまり意味がないと感じはじめ、直接教科書に書き込むことをやりだした。書くスペースが足りないのなら、メモを貼りつけていた。
学年の終わり頃には、教科書とノートは一体化していた。

➽やはりメモもノートも必要だ

しかし高校生あたりの授業になると、板書が重要になってきた。どの教師もきちんと整理した状態で、板書する。そうすると口頭・口伝部分がテストに出るところだとわかってきた。それで板書以外のこともノートを取るようになった。これがずっと続いて大学卒業まで続く。もちろんノートの取り方に工夫を重ねることになるけども、最終的に落ち着いたの授業ノートは2ページ見開きで上半分に板書通りに書き、下半分に口頭で伝えられたことを書いていた。
そうして年齢を重ねていくにしたがって、ノートとは別にメモ帳を使う量が増えていった。

とどめを刺したのは大学時代のアルバイトであることは間違いない。ファッションモールの企画アシスタントというバイトは、社員さんと街ナカに出て、写真を撮り、道行く人にアンケートをとり、集計し、企画会議する。もちろんみんなで考えるということなんてない時代で、社員もバイトも関係なく、一人一案以上を持って出席しなければならず、このため、思いついたことや、いいなと思ったことをメモを書き留めることは、必須となった。

社会人になっても、メモを取る事は当たり前で、なんら変わることはなかった。
集計結果とメモを頼りに、考え、推察し、仮説を立て、コンセプトを導き出し、文章化し、図解化し、一つの企画書やら計画書やらになる。この流れはバイトで叩き込まれたもので、現在もこれがベースになっている。

そうこうしている内に、見聞きした情報や自分で考えたことも、あるフィルターにかけ、必要と思えることだけを書きとめるようになった。いわゆる取捨選択。いや今風にいうと断捨離か。

➽➽書きっぱなしでシナプス崩壊

ところがある日気づいた。
物事を考えている時、「あれはなんだったっけなぁ?」と思いだそうとしても思い出せないことが多々でてくるようになった。
それが考える上で実は非常に重要であったにも関わらず。

その時は、必要ないものとして捨てたというか、書きとめていなかったということ。当時は、これほどアホな話はないと思ったものだった。
後から調べようにも、何だったかとっかかりもない。
ましてやインターネットもなかった時代。
検索は当然できないし、できるといっても脳内検索でしかない。
シナプスが、20代後半にして崩れ始めており、この時点で「ヘタな考え休むに似たり」を実感した。
かくしてメモを取る時は、可能な限り、書きとめることにした。

➽単語レベルより状態表現で書く

しかしこれで済まなかった。
書きとめることが多くなると、書くのはどんどん「単語」レベルになっていく。
その時はわかったつもりでも、数日経つと、その「単語」がどうなのかがわからなくなった。これでは書きとめている意味がないではないか!と思えた。

それ以来、メモは必ず状態表現で書くようにした。
書きとめるようにすることには変わりはないけれど、可能な限り書くようにした。
そのうち、速く書く方法を見出すしていくわけだが、それはまた別の話なので、またいずれ。


ともあれ、こうやって、人の話だろうが、自分の考えだろうが、ニュアンスも、ほぼ確実につかめるようになった。

ところが、これで済むわけではなかった。
書いたものがたまる一方で、今度は、溜まったもので収集がつかなくなってしまったのだ。
ここで必要なことは、しっかりと整理すること。

➽書きっぱなしで役立たず

それまでも整理はある程度はしていたが、あくまで必要に応じてのみで、都度やる程度。これではどうにもならん・・・ここは相当悩んだ。
すぐに役に立てる場合は、何も問題はないけれど、後々に役立ちそうと思ったものは、そのままにしているとニュアンスは残っているけれど、何に役立ちそうかという直感的に捉えたことがわからなくなる。

そこで書きとめたものは、定期的に一旦整理することにした。都度やるということをやめた。そうすることで、いつでも取り出せる情報として蓄積するようにした。
これには整理する際のコンセプト、それに基づいた図解とキャプション、ちょっとした解説文でまとめるようにした。

しかしまだ落とし穴があった。
整理しても整理しても、書きとめる量が多く、整理が追っつかないという事態に陥った。まるでイタチごっこ。

これはいかんと思ってやりはじめたのが、今で言う「GTD」的な考え方をするようになった。

➽整理するものを見直す

一旦、取捨選択せずに可能な限り書きとめるのだが、1テーマごとに改頁。例え1行しか書かなかったても改頁。これを徹底した。書き留めるノートは週2~3冊が通常で、多い時は一日一冊ということもあった。といっても30枚程度のノートに2行を1行と見立てて書いていた。

次に、ここが肝心となるのだが、すぐに整理する必要があるもの以外は一旦寝かす。そのままにしておく。約1週間。

1週間~10日ごとに寝かせたものを見直す。時々2週間。
きちんとルーティン化してしまえば楽という話もあるが、考える行為にルーティン化の意味はあんまりないと捉えているので、だいたい1週間で良いとした。

普段はGTDの考え方で毎日を過ごす。これがベース。
GTDの詳しくはこちら
細かいことを正確にやることが大事なわけではない。このプロセスをやれば、それで十分だった。なので「なんちゃってGTD」で十分だった。

そして見直す時は、以下の2つに分ける
①整理したいと思うもの
②もうちょっと寝かすもの
それで①のみを整理する。
方法は単純で、①のページは整理後ちぎって捨てる。裏頁に②があれば、整理した頁に大きく×を書く。そうやって残ったノートを一箇所にまとめて置いておく。この置いておく場所を「留置場」と名付けていた(笑)。

1ヶ月後②から捨てるものを分け、捨てるようにし、残ったものを整理するようにした。
こうすることで、随分楽になったし、整理が追っつかないという事態に陥ることも、ほぼなくなった。

現在はパソコンという便利なものがあるので、それで整理しているが、AndoroidやiPhone、タブレットという強力な道具が出てきたので、クラウド利用に移行中。これにういてもそのうち書くつもり。

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【2022.01.09追記】
上記は2010年9月に書いていたものです。今や日常的に取るメモはパスポートサイズのノートになりました。もっぱら外出時にメモを取るためだけですが、実際に書くことはほとんどありません。現在はスマホに音声入力・音声認識入力という便利なツールがあります。精度も高く手入力する手間はほぼなくなりました。
整理する頻度も、定期的というよりも気が向いたらに大きく変わりました。
物理的なメモが圧倒的に少なくなり、データとして残っていて、タグづけをしているので、検索すれば、それだけで、ある程度整理できてしまうからです。
これにAIを活用していけるようになれば、さらに考えるための時間を確保することができるなと嬉しがっているところです。


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