2021年12月12日日曜日

第6波への備えを企画的に考える

 第5波が収束し、ワクチンもある程度行き届き、ちょっと安心しながらもマスクをほぼ100%の人が装着し続けているのは、日本人の特性と言われています。確かにみんなマスクはしているけれども、実際のところは、当たり前というより、とやかく言われたくないという気持ちも働いているのだとも言えます。できることならマスクはしたくはないものです。

街なかで店に人が出入りする様子を見ていると、手指消毒をする人は確実に減っているのは目に見えてわかります。飲食店を経営している知人に聞いても、消毒液の減りが第5波の真っ只中と変わりはないといいます。来店している人は、ものすごく増えているにも関わらずです。
また食品・食材販売の小売店では来店客数は変わりないものの、消毒液の補充頻度が減ってきたので、経費的には微々たるものの、コロナ以前から考えると余計な出費がなくなるのは助かるが、それでいいのかと不安もあると言っていました。

そういった話を聞いていて、思い出した話があります。日本人の「まじめ」以外のもう一つの特徴というものです。それは都合の悪いことは都合よく忘れる傾向が強いというものです。そのあたりが顕著になってきているのかもしれないなとも思えます。
いずれにしても感染防止のためには、これまで通りやらねばならないことには変わりはないのですが、この感染防止意識は減少しているように見えます。

➽➽生活者の価値基準が変わった

景気が回復傾向にあるという話もありますが、その中身は、コロナ以前とは別物の様相も見て取れます。確かに総体としては上昇傾向にありますが、欧米のように大きく上昇しているわけではありません。ワクチン摂取の普及が欧米に比べて遅かったことにより、中和抗体価がまだ高いという側面もあり、人の流れが生まれています、人の流れ大きければ大きいほど経済は発達・発展していきます。
それで、よくよく見ると、現在の回復は、健康関連や生活必需品や高級品でもサブスクにチカラをいれている企業が大きく回復しているのであって、他は下止まりして留まっているか、相変わらず落ちていっているのが実情のようです。最近ではこれに○○ガチャなどの嗜好性も含まれているようです。

また、消費者の価値基準が明らかにこの2年間で変わったという話もありますが、消費者が自身の価値基準をわかってしまったということに他なりません。
簡単にいえば、健康、雑談相手、自分に適したものに価値があり、それ以外は特段必要ないという区別がはっきりしだしたということだろうと捉えています。リベンジ消費という流れになっていると言われていますが、この3つのどれかを押さえているところだけが伸びているように感じます。

➽➽最善を尽くすために最悪を想定する

2020年の4月頃、緊急事態宣言が始めて発令された時、「最善を尽くす」ための在り方をまとめました。基本的には第6波に際しても、あまり大きく変わるものではありません。
ただ、今回は、在り方は変えないものの、「最善を尽くす」方法(やり方)を提案するための考え方です。

最近になって頻発している地震や、日本では起きにくいとされてきたスーパーセルなどの災害への対策もそうですが、こういう時=いつどうなるかわからないもについては、古くは孫氏、近年では稲盛和夫氏がかつて述べていたことに通じる「悲観的に準備しておけば、不足の事態も”想定内”」ということが基本的な考え方になるでしょう。
つまりは「最悪を想定して、楽観的に実行する」というです。それが「最善を尽くす」ということにつながるといえるでしょう。

➽前提を整理する

まず大きなところで、政府の考え方です。従来ならば、緊急事態宣言発出の基準は感染者数に重きが置かれていました。オリパラを乗り越え、第5波が収まってしばらく経った現在と今後はこれを重症者化率や病床逼迫度合いなどに重きを置き換えていくと考えられます。

オミクロン株の感染拡大が懸念されていますが、重症化は低いと言われています。しかしそれは従来の「2週間説」に基づいたものである以上、実質的なところは確実ではないという側面があります。

そんななかで緊急事態宣言という名称でなくても、違った名称で同じようなものが発令される可能性はないとは言い切れません。
病床が逼迫したらしたで、マスコミは大騒ぎするでしょうし、そうすると、消費者が自粛し、外出することを控えるようになり、景気回復の波が生まれてきているところにストップがかかります。

加えて、上記した価値基準の変化です。自分に適したものというのは、言い換えれば身の丈に合ったものを購入するということです。「ついで買い」や「衝動買い」というものは減少し、生活者が計画購入を徹底しているので、これまでの売り方が通用しないということもあります。
政府の景気対策も前回同様タイミングがずれてしまうこともあり得ます。

実際はどうなるかわからないとうのが、実情ですが、ただ一つ言えることは、この前提段階で、目標ありき、目標必達の計画を立てることは、ほぼ絵に描いた餅的なものになってしまいかねません。
第6波に対する事前に立てる計画は、目標よりも目的が重要となってきます。

➽何のための最悪想定か?

この問いに対して、売上や利益と考えた経営者や幹部は、自身の考え方を見直すことをお勧めします。売上や利益の確保というものは、目標であって、目的ではありません。言わずもがなですね。

➽最悪レベルを想定する

第5波までの業績を振り返り、もっとも最悪だった時の業績を確認しておきましょう。まずはこれを最悪の業績と想定しておきましょう。それ以上に下がることがあり得るのかどうかは、今の所はわかりませんが、上記した「何のための=目的」が不明確であれば、それ以上はあり得るでしょう。

➽対策の考え方

企画することそのものは「企てる」他なりません。対策も企画のひとつです。やみくもに「なんでもやる。全部やる。」といっても、それができるのは、強い体質・体力を持った組織にしか無理でしょう。
かといって、なるようになるさ的な考え方や他の会社の事例待ちの姿勢であれば、社員の不安は増幅するし、そんな経営者や幹部に対して呆れてしまうでしょう。

大きな考え方としては、この2年間の業績はどんな対策によって生まれたのかということを明らかにすることです。

いつも言っていることですが、何が足りていて、何が足りていなかったのか。何がうまくいき、何がうまくいかなったかを洗い出してみましょう。

その上で以下の2つの切り口で、対策を具体的に企画していきましょう。
企画的に考えるとなると、複数パターンを用意することも含まれます。




1)プランB

最悪な業績状態がわかっているわけですので、そうならないように、確実性の高い事業や、確実性の高い商品に会社のパワーを集中できるようにしておくこと。この時重要なのは、年度始めに作成した事業計画通りやるというより、直ちにシフトチェンジできる柔軟性です。まずはこれを具体的にしたシナリオを考えておきましょう。

2)プランC:次に上記のシナリオが通用しないことや、シナリオ実行が困難になる場面を想定して、これをクリアするための具体策を準備しておくということです。

上記1)2)を準備した上で、現在の計画(プランA)をしっかり進めていくことが何よりも重要です。そして、自粛要請が発出され、本格的に市場が冷え込み始めたら上記の対策に切り替えていくことで、難局を乗り越えていきたいものですね。

プランA,Bともに、目的を重視し、これに準じた目標(くれぐれも通常計画の目標としないようにお願いします。)、そのための方法論と役割分担、組み立てと実行スケジュール、予算などをつくっておきましょう。

感染状況が落ち着いている状況の今のうちに最悪に備えを考えておきましょう。その備えそのものが無駄に終わることを願いますが、企画を担当したものは、成長することは間違いないでしょう。

2021年11月28日日曜日

できる企画チームのチカラ7つ

この2年間、コロナ禍の影響でどちらかといえば、自社シェアを守るための戦略が求められ続けていた。この間、従来弱みになっていたところに向き合い、しっかりと問題解決に取り組んだ企業は、結果的にそのマネジメント力が強化された。
日本国内においては、感染者数もかなり減ってきて、規制も緩和され始めているなか、いよいよ戦略的に「攻め」に転じる機運が高まってきた。
ここでものをいうのが企画力。

➽➽企画はチームで取り組む

戦略立案ももちろん企画の範疇だ。市場が多様化し、複雑化し、曖昧化し、細分化し、微細化していくなかで、製品・商品の狙う市場づくりやスイッチ、売り方、見せ方、などが求められる。

更に細かくいうと、イベント・プロモーションも含めたマーケティング、それに関する施策のプロジェクト・デザインから、そのプロジェクトの要素となるメディアやスペースやツールのデザイン、SNSなどへの発信なども含まれる。
こういった仕事は、少し前までは「企画ができる人」に集中していた。
しかし、上記のような範囲のものを一人でできる時代ではなくなったのは言うまでもない。

今はスピードが求めれる。企画して、すぐにリリースして、だめなところをすぐに修正し、また再リリースを繰り返し、成功までこぎつけるプロセスをどれだけ早くできるかが重要となる。 

このプロセスはひとつだけではない。昨今はABテストという最低2つのプランを用意し、もっというとABの中からCを創り出す必要性が出てくる場合もある。つまりは、多くのプロセスを同時並行に走らせることも求められる。
こういったことの全体を一人で考えることは到底無理な話しだ。
チームで取り組むことが必須となっているのだ。 





➽➽どんな企画チームが必要か。

少なくとも企画という仕事に限っていえば、9時~17時で終えられる仕事ではない。この時間帯にやっているのは、ほとんどの場合、企画書にまとめることやプレゼンシナリオをまとめる作業に費やされる。というのが、「企画ができる人」に集中しているパターンだった。

彼らは、それ以外の時間で、遊びながら情報収集をし、買物をしながら情報収集をし、人と話しをしながら。食事をしながら構想を練ることが多く、今でもその傾向は続いている。

そこで「企画ができる人」のチカラを分解してみれば、どんなチームが必要かが見えてくるかも知れないし、チームづくりのヒントになるかもしれないと考えた。

➽企画ができる人のチカラを分解する

まず好奇心の幅が広いということだ。深みはあればこしたことがないというだけだ。ある特定ジャンルに深みが必要であれば、その道の人に聞けば良いということを知っているし、その方が専門家が思いもつかない切り口を発見する場合もある。
好奇心を広く浅く持っているということだ。

好奇心がない人はいないだろうが、「それには興味ありません」と平然と言っている人は、天才的なものがない限り無理がある。
それとは反対に強烈に詳しいジャンルを持っている。専門家レベルではないにしろ、それでも好きなことをどこまでも深く体験し、詳しく知っている側面を合わせ持つ。ここで培った知識を他のジャンルに転換し、新たな切り口を発見したりもする。詳しいことはやたら詳しく、話しだすと止まらない程だ。

なぜこのタイミングで企画が必要か、何が目的か、何を成し遂げたいのかなど、大きなコンセプチュアルな疑問もそうだし、周囲に変化が起きたり、ブラックスワン的な出来事やトラブルが起きるとやたらと「なぜか?なぜか?なぜか?」とチャンクダウンしていくチカラを持っている。
また、それとは反対に「それで?、それで?、それで?」とチャンクアップしていけるチカラも必要だ。

これら4つのチカラが発揮されているかどうかで、企画のベースとして「勢い」が決まる。多くの場合、「なぜか」あるいは「それで」のどちらかが抜け落ちている企画は、勢いがなく、採用されないことが多い。

次に発揮されるのが、目標設定をするチカラ
適切な目標というより、その企画に乗っかっていくことになる人々の「やりたい」を引き出すような目標の設定だ。ただ数値で表すだけではなく、その意味するところ=価値を表現するチカラも含まれる。表現力を伴う目標設定力ということだ。
もちろん、企画を実現するための効果も勘案しなければならないが、かかる予算は計算できるのは当たり前のことだ。もっというとその財源をどこに求めるかまで考えられればベストだろう。

同時に必要なものが構築するチカラ
一見、バラバラなアイデア、事実情報や意見というものを一つのコンセプトに基づいて調整し、わかりやすく構築するチカラといったものだ。論理的に構築できることが重要となる。いくことは当たり前だが、これにプレゼン力が加わる。
単純にプレゼン資料を美しくまとめることに留まらず、論理的に構築されたシナリオであっても、最終的に感情に訴えるものでなければ、納得性は高くても、大抵はプレゼン相手を巻き込めないこととなる。

➽7つのチカラを発揮できるリーダーを選定する

あくまで経験から得た私見ではあるが、以上の7つのチカラは絶対で、どれかひとつでも抜けると、「攻め」の企画が生まれることはあまりない。
そして、この7つのチカラは必ず社内のどこかにいるので、そのようなメンバーでチームを作れば良い。一人で複数のチカラを持つ人もいるだろうし、一つだけでもずば抜けている人もいる。

他にもチカラとはいえないものもある。
例えば、その企画に関しては誰よりも考えたという自負から強気なところもあるし、議論の中心にいる。もちろん人の意見に耳を傾けるし、雑談好きで、雑談から新たなヒントを得られることを知っている。またリスクや失敗は恐れないというより、成功しないことを恐れている気質の人が多い。また仕事とプライベートの区別を意識していない。していないからこそ、企画という仕事を面白がっている

大事なことは、ここで、誰がそのチームのリーダーをやるかということだ。
せっかくチカラを持ったメンバーを集めてもリーダーがそのチカラを発揮できる環境を提供できなければ話にならない

あくまで、今後必要となるのは、守りよりも攻めのためのものだと考えれば、守りの思考が強い人が企画チームのリーダーになると、無難なものしか生まれないので、気をつけたい。

守り思考が強い人は、失敗を恐れているのであって、成功しないことを恐れているわけではないのだ。もともと前に進もうとするエンジンが弱いのだ。良いとか悪いとかではなく、「攻め」には弱いということだ。

くれぐれも今後、必要となるのは、「攻め」のための企画を創造するのであって、そのためのリーダーを選ぶことを忘れないようにしよう。


■2021.11.29追記  先日南アフリカで発見された変異株「オミクロン株」の感染拡大が警戒レベルに指定された。ヨーロッパ数カ国、カナダ、香港ですでに発見されている。一方でオミクロン株の感染経路はまだはっきりしておらず、これにともなう症状もはっきりはしていない。いずれにしても日本国内での規制要請が入る可能性は否めない。楽観視はできないが、 そのつもりで、要請が入って動けなくなる前に、企画を打ち出し新規客を確保することを徹底していくことが重要だ。

 

2021年11月14日日曜日

企画は「将来の現実を創ること」

前回の「これからの企画に必要なこと」の続き。
時々、企画というのは、何でしょうか?と意味を求められることがある。
それを知っても企画ができるようになるわけでもないだろうが、一応は応えるようにしている。

CreateTheRealityOfTheFuture

➽➽➽企画とは何か?

意味のみで言えば、企て画すこと。読んで字のごとし。
目的レベルでいえば、「当事者に価値をもたらすもの」
そして、私は「将来の現実を創ること」と定義している。

企画というのは、ビジネスに限っていうと、売上や利益、あるいはブランドイメージアップなどに貢献できるものをいう。単に社長や役員、社員がやりたいことをやるものでもない。

将来の現実といっても、「こうなりたい」「これを成し遂げたい」といったもので、それは現在置かれている状況から鑑みての妄想であることがほとんどだ。
この妄想を理想化し、構想化して、やっと現実味を帯びていくわけだ。

➽➽企画とマネジメント

この妄想➽理想➽構想としていくチカラを持ち合わせていない場合は、外部を頼ることになる。広告の殆どは外部を起用するのは、そういうことだ。

ところが、現在は外部を使わなくても、そこそこのものは社内の手弁当でできるようになってきたのも事実。テレビ放送で流れるCMでも明らかに素人がつくりました的なものが多くなってきているし、Youtubeで流れているような動画でもさほど差がなくなってきている。つまり、そういうチカラが社内に必要になってきているということだ。

少なくともマネジメント力があれば、その取っ掛かりをつくることはできる。だけど、管理することがマネジメントと考えており、それだけやっていればいいと思っている人には、そのとっかかりも見えないことが多いだろう。

➽➽企画書や提案書に書くこと

企画書に入る要素は5W2Hで十分だと言われている。確かにそうだ。しかしここにマネジメント力の差が出る。

以下は、管理思考の強い人には、理解できない領域であるかもしれない。管理思考の強い人を企画チームに入れるとうまく行かないのは、これらの理由が大きいことは、私の経験上でも事実だと言える。うまくいった例はない。

➽なぜ今なのか?

マネジメント力が強ければ、必ず「それがなぜ、今必要なのか」がわかるように構成されている。

「なぜ、必要か」を枠で囲んで、図で表しているとは限らない。全体的に醸し出しているとしかいいようがないものもある。表紙で粗方語っているものもある。

これが管理思考の人には、ほぼ出てこないものだ。(マネジメントと管理の違いは、いずれ)

➽どんな表現をするか?

将来の現実を創ることは、表現することは難しい。
誰も見たことがないものを、あるいは経験したことのないものを、想像上であっても体験レベルに持ち込まなければならないのだから、ハードルは高いものだ。

その高いハードルを企画書や提案書では、「難しいことをわかりやすく。」表現していることが最低限のレベルだろう。

次に「わかりやすいことを面白く。」これができれば、及第点。

そして「面白いことを端的に表現する」ことが求められる。ここまでできれば採用となる。しかし、「端的に表現する」こと自体がもっともハードルが高い。



 



2021年10月24日日曜日

これからの企画に必要なこと

モノも情報も溢れかえっていると言われて久しい。
一定の規格を満たしていれば必ず売れるという時代は、遥か遠い昔の話。
市場には機能性によって、差を見出すこと自体が難しいものがわんさかとある。
高額な車はもちろん、日常的に使うパソコンや、日用品、食料品まで機能性が求められ、メーカーも機能性を高らかにPRできる商品を次々と出す。
世の中から「機能性」表示のある商品をなくしたり、その表示がなくても機能性を売りにしている商品をなくすと、店先から商品というものはなくなるのではないかと思えるぐらい、その数は夥しい。
そうするとますます商品ライフサイクルが短くなり、メーカーは新たなものが次々と出すことになるし、消費者にしても、SDGsを気にしながらも、新たな商品が出てくるのを楽しみにしているのが実際のところだろう。

➽➽消費者は迷ったら買わない

○○○な機能が欲しいと考えて、いざ売り場に行ってみると、似たようなものがズラズラとならんでいて、目移りする。予定していたものが少し値段が高いものだと、売り場で知らなかった商品を目の当たりにして、目移りし、比較する。しかしその差がわからない。
するとどうなるか?消費者はどうするか?
 
答えは簡単だ、迷ってしまうのだ。高額になればなるほど迷い、悩む。そしてついには、買わない選択をして帰宅する。コロナ禍を経験して、身の丈にあったものや本当に必要なものは何かを考えるようになった。なので、こういった迷いから買わずに帰るという判断のスピードが極端に早くなってきているのだ。
 
そこで、機能で訴えられないのなら、その機能によって得られる気持ちや感情、更にはその企業に対する信頼といった「情緒」にいかに訴えるかを考える必要が出てきている。しかし情緒というのは、人の感情や気持ちだし、それぞれの価値観で左右される。そうするとその捉え方は千差万別。きわめて細かいターゲット設定が必要になってきている。細分化どころではない。微細化が求められている。ちょっと前のOne To Oneのより本格番だといってもいいだろう。



➽➽求められる企画のチカラ

ここに企画のチカラが求められているのだ。特に今後は営業やマーケティングにおいて、機能から入って情緒に訴える企画をできるかどうかで差がつく。
機能面でビジネスを企画PRをし、情緒面でブランディングを図るという流れも生まれだしている。
  
今後の企画のポイントは、もうはっきりしている。
・大きな目標よりも小さな目標を数多く達成する
・そのためにはターゲットを微細化していく
・微細化したターゲットごとに、アピールするポイントを検討する
・アピールポイントに基づいたプランを練る
・以上を早く、大量に企画する

➽➽見切り発車の連続も必要か?

あまりのんびりしてられないし、ウカウカしていると置いてけぼりになってしまう。
7割見えたら見切り発車と言われていた時代はもう終わったのかもしれない。
5割見えたら、もう見切り発射して、ゴールを見据えて調整しながら走っていくことになるだろうし、そんなこんなもAIでこなしていく時代になってきいくのかもしれない。
 
だけど企画というのは、イケるかどうか直感的に判断する時がある。
しかしこれだけは人間の仕事として残ると信じていたいところ。

2021年9月20日月曜日

検索で問題の回避はできるが、最後は自分達の知恵

何か問題が起きた時、検索してその解決策の手がかりを得ようとすることは、今や誰もがやっていることで、当たり前のことだ。
それが問題でなく、言葉の意味や単なる知識を得る目的であればなおさらだ。
いわゆる「人に聞くまでもない」にも通じることだ。
 
難しいのは、検索によって得られた情報によって、自分が抱えている問題を回避できる可能性はどれぐらいあるのか?ということだ。

結論から言ってしまえば、回避できる可能性は高い。
いや問題の回避はできるだろうが、「解決には至らない」のが本当のところだろう。
回避したことによって、解決した気になっているだけかもしれない。

解決しないままにしておくことは簡単だ。
誰かが代わりになんとかしてくれることもある。
その代わり、自分では解決できないものとなる。
そして、この先、同じような問題にぶち当たることになる。
その度に、検索で得た情報で回避して、その場しのぎをしていくか?

問題を解決するには、まずその問題に正面から向き合い、知恵を絞ることだ。
そしてそれを実行していくための、ほんの少しの勇気が必要だ。
その知恵を出し、勇気を奮うコツは、問題に正面から向き合った経験からしか生まれてこない。

そのコツを更に具体的にしてみると・・・
まず知識が土台としてある。これに知恵を働かせる。そうして動きをつくる。これに磨きをかけていけば成果となる。

➽➽知恵を出し、勇気を奮うコツ

そのコツを更に具体的にしてみると・・・
まず知識が土台としてある。これに知恵を働かせる。そうして動きをつくる。これに磨きをかけていけば成果となる。

➽まず知識が土台としてある。

知ること。認識・理解すること。また、ある事柄などについて、知っている内容。大辞泉(小学館)

もう少し具体的にすると、知識は学習や経験によって得た認識や理解した事実や情報も含まれる。好事例なども当然、知識の範疇である。
体系化されたスキルも知識の範疇だろう。

知識がなければ、何も始まらない。
知らないというのは、どこまでいっても知らないままでしかない。
検索することがちょっと面倒だと思った時こそが、検索をすれば良い時だ。
 
知識の土台が大きく分厚いほど良いと思いがちだが、そういうことではない。
仕事で使う知識は、今見ている範囲を少し広げるだけで良い。
むしろアップデートしていくことが必要だ。
アップデートされていない知識を披露されても「はぁ?」となるだけだ。
自らの知識をアップデートし続け、土台はしっかり作っておく。

これをチームの全員がやっていけば、一人ひとりカバーできる範囲は違うので、大きな知識となり得るだろう。





➽知恵を働かせる

物事の道理を判断し処理していく心の働き。物事の筋道を立て、計画し、正しく処理していく能力。大辞泉(小学館)
もう少し具体的にすると、知恵は、知識や経験をうまく使いこなす能力で、モノゴトを認識、判断、処理することを意味する。
この認識は、区別化するというモノゴトの捉え方を鍛えていくことで、より的確な判断ができるようになるし、区別化することで処理もより確実に進められるようになる。

うまく使いこなすには、知識や経験が必要だ。
豊富であることにこしたことはないが、一人ではどうしても限界はある。
そうはいっても知識を得る努力は必要だ。

そして知識と知恵は掛け算の関係にある。
誰でも未知のこと、未経験のことには対応しづらいものがある。
ここに想像力があるかないかで差がつくが、この想像力もやはり、知識と知恵で成り立つものだからだ。もちろんここにはより高度な見識といった専門的レベルのことも含まれる。
知識や経験があった方が知恵もより働かせられ、より良い対策を考えることもできるということだ。

➽動きをつくる

知識と知恵は掛け算であるので、より良い対策をつくっていける。
この編み出した対策を計画に落とし込むことで動きをつくっていく。

知識と知恵が働いていない計画は、すぐにわかる。
どうしようもない・つまらない計画になってしまっている。人の動きが見えないのだ。
人がどのように動いていくのかが見えてこない計画は、誰からも自分ごととして捉えてもらえない。
まずその計画のなかで、自分自身がどのような役割で、どんな動きをしていくのかを考えてみると、わかってくるものだ。
他者を動かす立ち場であればあるほど、自分のことから考えてみると、わかりやすいだろう。

➽磨きをかけていく

磨きをかけていくというのは、改善し続けるということだ。
この改善も、豊富な知識と知恵を働かせることで、より効果的な対策になっていくということなのだ。
そしてこの磨きがかかったものが、好事例という知識になることも多々ある。

まずは知識を増やし、知恵を働かせることから始めよう。
そうすることで、回避してきた問題を解決できる方向に持っていけるようになる。
動きをつくって、実際に動いていく時も、磨きをかけていく時も常に知識と知恵は必要だ。

検索で問題の回避はできても、解決はしない。
最後の最後にモノをいうのは自分達の知恵なのだ。

2021年9月13日月曜日

優れたチームにあるもの


東京2020パラリンピックが終了して一週間が経った。今回の大会テーマの中にも「多様性」というものがあった。現在のオリパラがいずれは多様性のもとに統一される日がくるのかもしれない。それもひとつの多様性を認めるということにつながるとは思うが、それは遠い未来のことなのかもしれないと思いながら、数ある競技の中でも、もっとも印象深かったのは、車いすバスケットボール。その激しい攻防を見ながら、2013年のギネスビールのCMに「チームとは何か」を感じた投稿をしていたことを思い出した。以下、加筆修正を加えて再構成した。




優れたチームにあるもの

社内の課題解決に向けた組織横断的なチーム活動を多く見受けられるようになった。今後は、組織横断型のプロジェクトチームが発展し、事業部同士のクロスマネジメントが主流になることもあり得るだろう。
最近は社員の自発的に生まれたチームも見受けられ、社内の課題解決に向けて活動ができるといった環境が生まれてきているところもあるから、尚更だろうと実感している。

結果を出すチームの共通点

どんなチームであれ、望む結果を出すチームには共通点がある。
それを端的に表わしている動画を見つけた。
ギネスビールの2013年のCM。

Guinness beer wheelchairs basketball commercial



CMの途中のナレーションは以下の通り。 

Dedication(献身)Loyality(忠誠)Friendship(友情)
The choices we make reveal the true nature of our character.
(何を選択するか。私達の本質が明らかになる)

献身・忠誠・友情はチーミングに大切な要素であることは間違いない。
友情といっても相手を思いやるという意味に留まらず、互いの切磋琢磨といったものも含まれるだろう。
CMではそれもこれも「何を選択するか」次第ということを言っている。
ここが最も重要なメッセージだ。
チームづくりをしましょうといっても、ひとり一人の選択次第で良くも悪くもなるということを表している。
選択しても、行動が一致していなければ何にもならないということだ。
また「何を選択するか」に多様性へのメッセージも込められていると思える。

ひとり一人が自己成長・自己開発に努力し、かつチームメンバーへの協力を惜しまない。そしてどんな状態をも受け入れる多様性。共に進んでいこうとする多様性とLet'sの精神。
いずれにしても自分に対する選択なしに、メンバーに求めているだけでは、チームのカタチをしているだけで、機能しないことだ。
そういうことを表しているCMだ。

議論なき組織、チームの行末

多くの人は居心地の良い場所=仲間を持っている。
同じ価値観で同じような考え方を持ち、わかりあえる仲間はありがたいものだ。
ただそこにはある種の「偏り」も生まれる。
そしてその偏りに気づかぬまま、「合わない」という理由で、排除することもある。そこには多様性というものはない。
やっかいなことに、その自分の偏りには、なかなか気づけず、他者から指摘されても自身の正しさにこだわって、自身を固持することにもつながる。

その偏りは自分の選択なのか?
またその選択は様々な選択肢のなかから選んだものなのか?
あるいは自分を省みることなしに流されているだけなのか?
狭い世界での「自分らしさ」と勘違いしてはいないか?
広い世界を見たつもりで、単に自分が今いる場所と比較して「違い」を見ただけなのに、新たなものを選択した気持ちになっていないか?
そのためにも、いろんな人、いろんな集団・チームと言葉を交わし、議論していくことも忘れないようにしたいものだ。
そこに「真摯さ」がなければ意味はないのはもちろんのことだろう。

議論なき組織・集団から生まれたチームはビジョンに向かうことはない。
これだけは経験からはっきりと申し上げる。
ビジョンに向かっているような気になっているだけだと言ってもいいだろう。
そうした自覚があってこそ、チームの成長サイクルGRIPが機能していくものだろう。

単に学んだサイクルを回すことなら、手順通り進めれば良い。
必要なことは、「問い」を自らもつことだ。
「問い」がなければ、選択肢は生まれないのだから。

何を選択するかを問われる時代

SDGsというコンセプトが世界中で交わされ、「多様性」という言葉が象徴するように、これらが今後の企業活動の前提となっていくことは間違いなく、むしろそれを無視するような企業哲学、戦略、施策は尊敬されることはなく、敬遠される世の中に向かっている。もちろんそこには冷静さを欠いた同調圧力的なものも発生してくることも否めない。

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上記記事は2013年10月に書いたものです。
当時、台湾との行き来を頻繁にしており、機内のモニターでこのCMを知りました。現在はギネス社のCMライブラリーにはアーカイブされておりませんが、それでも愛好家はいて、そういった人がライブラリを作成してくれていました。
 
この頃は、「多様性」「ダイバーシティ」という言葉が一部の企業で使われ始めた時期です。オリパラという大きなイベントでその姿勢を示すことは大事ですが、それを過ぎてしまえば、その意味していたことがなんであったのか?それを忘れてしまいがちになることを気をつけたいものです。









2021年5月30日日曜日

感染症と経営-戦前日本企業は「死の影」といかに向き合ったか

 「感染症と経営-戦前日本企業は「死の影」といかに向き合ったか/清水剛」を読了。
「きっと吉尾さんの欲求を満たすと思います」と友人の教授からお勧めしてもらったもの。
とはいうものの、読む目的がはっきりとないまま、ゴールデンウィーク前に購入し、積読山に置いていた。
Keeping Good Balance







著者は東京大学大学院総合文化研究科教授。
帯のキャッチコピー:~戦前日本の記憶がコロナ後「生きる」ヒントになる~ とある。
https://amzn.to/3uF73kc 



なんとなく気になるので、自分が何を気にしているのかを明らかにするために自問自答。


結局、「戦前の『感染即死型社会』のなかで、企業はどのように機能していたのかを知りたいことと、コロナ後の動向へのヒントを得たい」につながるかもしれないということを目的として読み始めた。







➽➽経営者や役員は読んでおいた方が良い

学術系の書籍で、論旨の展開もその通りで、いわゆるビジネス系の書籍と思って読み始めると「なんじゃこりゃ」ということになるかもしれない。
著者は総合文化研究の教授で、企業システムと経営学と法制度を研究している人なので、実践するためのネタが掲載されているわけではない。そこは勘違いしないようにしたいところだ。
  
「序章」だけ読んだみると、これは帯通りの書籍であることはわかる。
戦前日本では感染症が現代よりもはるかに死に直結していたとするところからスタートする。
スペイン風邪や結核の脅威=「死」がすぐそばにあり、それが小説「細雪」、流行歌「ゴンドラの唄」(「いのち短し恋せよ乙女」の一節が入っている曲)にもそうした現実が刻み込まれていて、それらは黒澤明の「生きる」にもつながるといった感じで、文芸作品なども使って戦前の企業経営を振り返り、アフターコロナの企業経営の在り方を示唆する経営史でもある。
戦後の他の文芸作品や企業スポーツの話しも登場してくるので、しっかり目的を持って読み進めていかないと、頭の中が混乱するだろう。
   
特に第6章では戦前のサラリーマンの話しが多く出てくる。戦後からのサラリーマン像はいわゆる「◯◯マン」と称されるようになることが一人前とされ、その所属する企業との永い関係性を維持していくことが重要とされていたが、現代のサラリーマンが「企業に閉じ込められないためにどう在ればよいのか」という示唆しているところもある。自立・自律という意味でもここは必読の章だろう。
論点となる「問い」が明確で、その問いを明らかにしようとしている点で良書だと思う。
また1920年代に脱個人化をおこなった企業の一事例として主婦之友社を扱っている。

かつての日本は戦後で思考停止に陥ることはなく、ずっと模索は続けてていくチカラ強さはあったのだと思える。この点だけは、現代は、自ら問うことをやめ、「答え」を周囲やネットに求め過ぎだと感じる。

➽➽この書籍を経営者や役員に読んでもらいたい理由

新型コロナの影響で、未だに情勢が安定せず、業績も安定しないなか、自社がどのように安全に事業を進めていくかで多くの企業がもがいている。「続けていれば、いつかもとに戻って、なんとかなる」と考えている経営者はいないと思うが、この「いないだろう」と想像がつく時点で「いるだろう」という前提に立っていることに気づいた。
そういう経営者にとっても、少なくとも以下の観点での考えるヒントになると思われる。
答えではなく、ヒント。

➽ヒントになる観点

・コロナ後の労働者と企業の関係
・コロナ後の労務管理の変化と示唆
・コロナ後の消費者と企業の関係
・コロナ後の株主と企業の関係
・コロナ後の企業像
といった各章ごとに戦前の企業が感染症とどう向き合ってきたか、またコロナ後にどう向き合っていくことになっていくのかが書かれている。

この書籍をビジネス本として見た場合、意味不明な人にとっては意味不明なままになるだろうけど、文学とか音楽というのは、エンタテインメントではあるけれど、文芸も人の営みだ。世相が反映されているから共感を生んで流行るのだから「感染死直結型社会」という観点では、戦前も現代も同じなのかもしれない。

➽➽模索は続くが思考停止だけは避けたい。 

現在の新型コロナの変異株は、マスク着用でも感染、感染経路不明の割合が増加。
「ワクチンが切り札」というのは、否めないとしても、それでも予防でしかない。
感染しないようとする予防である以上、それでも感染した場合どうするのか?

➽ワクチンが切り札だとしても

従来の対策を徹底しても、それを軽く乗り越えてくるんだから、ワクチンが切り札にならなかった場合に要請される動きは目に見えている。  
規模は違えど、表現は違えど、数年間はオープン&クローズの繰り返しになるだろう。
我々にできることは、感染防止対策と経済活動のバランスを取りながらも、片方にウェイトを置くことを繰返し続けていくしかないのだろう。
極端にいえば、Stop&Goの繰返し、近年「良し」とサれてきた経営手法が通じるかといえば、徐々に形骸化していくのかもしれない。
  
制限がかかっている企業(特に飲食関係)には気の毒としかいいようがない現状の対策であるが、人間の経済活動は「人流」の中で生み出されてきたことは否めない。
ここに制限が加わった。企業側だけの問題ではなく、消費者側も変わらなければ、この難局は乗り越えられないものなのだろう。

戦前の感染死直結社会において、企業経営者はどのように判断し、対応していたのか?この一点のみを目的に読むことをお勧めする。
思考停止になった状態に陥ることだけは避けたい。
  
ヒントになる観点として、コロナ後の政治と企業の関係も欲しかったとは思うが、
それについては、次に期待するとして、経営者やそれに準じる方々は、こちらも合わせて読んでおく必要はあるだろうと思う。
少なくとも今の感染対策に「基準を示せ!」「エビデンスを!」ともっともなことを言うことの意味は理解できるだろう。

政府と専門家会議の間にどんな溝があり、その溝の在り様がどのようなものかはわかる。
これらが企業の経済活動にどう影響したのかを重ねてみると、政治と企業の関係もあるていどは想像はつくかもしれない。








2021年4月25日日曜日

銀座品質がコンテンツとなる宅配サービスに感動した

今回は、あるデリバリーを体験し、感動し、何を読み取ったかの話を少々。

先日、「美味しい銀座デリバリー」というサービスを利用した。試しにというつもりで、マンション管理組合で会食するために数日前にオーダーをしていた。

銀座品質というサービス・コンテンツ

➽➽単なる宅配・デリバリー業者ではないと感じた

当日の依頼時間範囲にデリバリーに来てくれたのは、当然と言えば当然だろうが、オートロックのモニターに映し出されたデリバリー担当者の姿に驚いた。

➽丁寧さと気配り

スーツを着ている。いくら夕方だったとはいえ、都内は夏日。暑いだろうなと思いつつ、通話ボタンを押して返答すると、「銀座デリバリーから参りました」と返ってきた。よくある「◯◯◯で~す」と間延びした挨拶ではない。
この時点で、いわゆる他のデリバリーとは違うなと感じたと同時に、「それはわざわざどうもありがとう」という気分になりつつ、ロックを解除。
  
しかし、なかなか部屋まで来ない。
それもそのはずだ。ウチのマンションは、番号順に並んでいない。
メゾネットの部屋が複雑に入り組んでいる。
例えば108の隣が207。その隣が302でその隣が105といった感じで、10年以上住んでいる者でも迷うぐらいだから、初めて来た人が、その規則性を見出すには無理がある。しかも我が家の位置は、入ってすぐの棟から更に奥に入る必要があり、その通路はうっかりすると見落としてしまうという、かなり防犯上の対策が強めに施されている(入口に地図はあるにはあるけど、見落としてしまうぐらい小さい。)
 
全てのデリバリー(ウーバーとか、ネコのおごりとか、店舗ダイレクトとか)で、一発で我が家までたどり着いたものはない。
ヤマト運輸や佐川急便でも、地域担当者が変更になると、最初は必ず迷っている。
なので、普段は、こちらから敷地内の目立つところまで出ていって、ウロウロしている担当者を見つけて、その場で受取ることになる。
 
今回の銀座デリバリーの担当者も、案の定、同じように迷っていたので、こちらから声をかけ、その場で受け取ろうとすると、丁寧な返事が返ってきた。
「よろしければ、玄関までお持ちします。」というのだ。
そんなの駄目ですという話ではなく、「ぜひそうさせてください」という意味だ。つまりは営業担当者発想の言葉使いだ。

➽銀座品質を保つ工夫と確かな運搬技術

受け取った食事は、不織布の風呂敷で包まれた箱に入っていた。ポリ袋ではないところが、SDGs。そしてしっかりと密封されていた。
箱を空けてみると、保冷剤が布製のお手拭きで包まれていた。
今できる最大限を考えたらこうなりました。でもまだ工夫の余地はあると捉えている姿勢は感じられた。

それで食事を開けて見た。一切の崩れが起きてない。さすがだ。
何がさすがか?このサービスは宅配業者が始めたのではなく、運送会社が銀座料飲組合と組んだものだ。
その会社は、首都圏の物流を担う八大株式会社という運送会社。
運ぶことに関してはプロ。安定しているからこその料理の崩れなし。といったところだろう。

➽➽新たなサービスコンテンツになる得る

これは銀座品質そのものがコンテンツになり得ることを示しているとも思えた。 
通常、銀座品質は、銀座に行かねば体験できない。行ってもある程度の金額が必要とはなるが、そこに価値を見出している人が多くいるので、銀座はいつまでもハイブランドの聖地であり続けているわけだ。「高い」という一言で片付けるものではない。
その銀座品質を自宅で享受できるということだ。
まったく違う見方をすれば、在宅勤務でメンタルクライシスになりそうなところを救う一助にも繋がる可能性も秘めている。
  
銀座の料理と首都圏物流のプロの掛算によって生まれたこのサービス=美味しい銀座デリバリー。これによって銀座の新たな価値が創り出されていくのが楽しみになってきた。

「美味しい銀座デリバリー」のホームページはこちら

2021年3月1日月曜日

「伝わらない」から抜け出す5つの鍵

プレゼンテーションについて、聞かれることが多い。
上手にやるにはどうすれば良いかというものだ。
よくよく聞いてみると、レベルは様々で、なおかつ相手は特定の人から不特定多数に至る。
これら全てをどうやれば、うまくできるのか?
全てうまくいく方法はおそらく、ない。
あるのは基本だけだ。あとはテクニックでしかない

実はプレゼンテーションについて、うまくできない理由には共通点がある。
文字通り「説明するには?」「伝えるには?」「報告するには?」「発表するには?」「提案するには?」「心を動かすには?」「心をつかむには」・・・どれひとつとっても「自分」が主体になっていて、これらの言葉の前に必ず「上手く」「確実に」となんとも欲張りな言葉がつき、いろんな方法を試し、これじゃないこれじゃないと探している。
このような人は永遠に満足できる方法というものは見つからないだろうし、自分のプレゼンが伝わらないとずっと泣き続けることになるだろう。

➽➽「伝わらない」から抜け出す5つの鍵

確かにプレゼンテーションの範囲はどんどん広がっていて、報告レベルのものであっても提案が求められるし、説明だけでは「で?その後は?」と提案を求められる。2010年以降はそういう時代だ。














➽①最低限のアドバイス:どっち向いてる?

プレゼンテーションといっても、コミュニケーションの1つである「伝える」の発展形だ
なので、コミュニケーションの「伝える」基本を理解しておけば、後は応用なので、そんなにややこしいものでもない。

伝える基本中の基本といえば、「気持の向き」だ。どっちを向いているかの話。
説明するにしても、発表するにしても、提案するにしても、それを相手に届くように、そして受け取れるように投げているかということだ。(コミュニケーションはキャッチボールと聞いたことあるでしょ?)

●伝えることが多く、時間がない場合、早口になる➽気持は自分が全てを言い切ることに一生懸命で相手は不在になってしまう。
●失敗しないように失敗しないようにと声が小さくなる➽気持はこの時間が早く終わって
ほしい気持が増大し、相手は不在になってしまう。
●そもそも人前に出て話すこと自体が苦手なのでいやいややっている➽とりあえず説明しておけばいいと割り切ってしまうと、これも相手が不在になる

プレゼンテーションでも同じで、相手に伝える気持がどこかで消えてしまっているのだ。
まるで満員の通勤電車の網棚にカバンと一緒に預けた気持を置き忘れてきたかのようにだ。
しっかりと相手に、それが複数人であっても、相手に伝えようという気持がなければ、どれだけ練習しても届かない

例えば、常に立板に水のように話す人はたくさんいる。プレゼンでも、その後の質疑応答でも、適切な言葉を使い、適当なスピードで話す人だ。まるで滞りがなく、理路整然と話してくれる。その時はその話術に惹かれてものすごく納得する。
だけど後から思い出そうにも、「はて?何を話していたんだっけ?」と思いだせないことも多い。メモを見ても、なんでこのメモが残っているのかさえ思い出せないこともある。
この例はプレゼンテーションスキルは素晴らしいけど、やはり相手に届けようという気持が薄いのだろう。いわゆる「悦に入る」というやつだ。

自分のプレゼンテーションを振返り、そのコンテンツに問題がないのであれば、伝え方とその方向を確認し、修正をかければ良いだろう。

➽②表現を確認する

これは相手に投げるボールそのものを見直すことだ。
ボールはボールでもソフトボールが投げられてくると思っている人のところへ、硬球が飛んできたら、まず受け取れない。

業界用語や社内用語がそのまま出てないか?➽これほど定義が頑固で曖昧なものはない。口頭では通じても、プレゼンとなれば別だ。これは必ず通常の言葉に置き換えておく。
専門用語もできるだけ開くようにする。

要するに「むずかしいことをわかりやすく」ということになってしまうが、本当はこれだけではない。それについては後で触れる。

➽③シナリオを作成する

プレゼンシナリオづくりの方法は2つある。
ひとつはプレゼンテータが話すのを得意としている場合だ。
上記の気持の向き、表現に問題がないのであれば、シナリオをつくる。
内容によって、適切なテンプレートに合わせて、シナリオをつくれば良い
プレゼンスライドは「覚えてもらいたい」ところを虫食いにしておく工夫を凝らすなど、この手の人は、何をやってもできるので、アドバイスするまでもないだろう。
強いていえば、プレゼンテータ自身が、ユーモアさを漂わせていれば完璧だ。
まじめなだけではつまらないと言われて終わるだけだ。
   
さて、もう一つは、プレゼンテータが話すのを苦手としている場合だ。
この場合、話すこと自体はスライドに任せて、補足だけを入れていく
最初に挨拶をした後、「まず、御覧ください」といって、ある程度、時間を取る。
適当なところで、補足を入れ、スライドをめくっていく。
これのテンポをどこかで一定に保つ。
問題は、最初の「まず、御覧ください」といえる勇気が持てるかどうかだ。

要は聞いている側に「ああ、この人、棒読み、丸読み」と思われてしまったら、相手とコミュニケーションできていないということだ。
だから覚えておきましょうという話になるのだろう。
TEDxのようなレベルを求められない限り、覚えておく必要はないだろう。
覚えておいたことを思い出しながら話すよりも、相手に届ける、相手とコミュニケートすることにチカラを注いだ方がよほどましだ。
もちろん、覚えておくことにこしたことはない。

➽④人とは違う着眼点

端的に表すと、どのようなポジションでモノを見ているか?ということだ。
本来は表現のところに入る要素であるのだが、これだけ情報が飛び交っている時代だ。
同じことを考えている他者はいるかもしれない。いや必ずいる。
そんななかでの独自性。オリジナル性というやつだ。
独自の着眼点を見つけることは、大変だろうが、どこにでもあるものは避けたいところだ。

ビジネスの場合は、従来当たり前と言われていたことを「なんで?」「ほんと?」「それで?」と深堀り・発散していけば、自分でも気付いていなかった着眼点にいきつく場合は多々ある。

例えば、顧客視点で書かれた提案書には、「勢い」がある。
タイトルがこんな感じだ。
よくある表紙のタイトル「オリジナル着眼点の発見トレーニングのご提案」
顧客視点のタイトルは「この手があったか!人とは違う着眼点を発見しよう」
これは実際、私がやったものだ。
中味は変えず、表紙だけ変えて、2つを並べて、どちらかを選んでもらうと、10人中10人が最初に後者を選んだ。
それこそ表紙で勝負をあらかたつけられる場合もある。
使われている言葉もターゲットが使いそうな言葉が散りばめられている。

➽⑤基本的なことを徹底的に練習する

大きな本屋だと、本棚の一段だけでプレゼンテーションのスキル本が数多ある。
書いてあることで大事なことは、どれも同じだ。書き方や順番が違うだけだ。
だけど基本的なことなので、しっかり身につけておくことはお勧めする。
文体や見た目が自分の好みに合うものを買い、読み込み、それに書いてある通り、徹底的に練習すれば良い。この時都合の良い解釈をせず愚直にそのままを練習することだ。
練習して、実践して、反省して、直して、練習して、を繰り返すのみだ。
それだけで、絶対にうまくなる。本当にうまくなる。うまくならないわけがない。
私が指導した人で徹底的にやった人で下手なままな人はいない。これは断言できる。
なぜなら練習以上のチカラを本番で発揮できるわけがないからだ。。
例え即席であっても、しっかり練習すれば、その瞬間は劇的にうまくなる。
後々続けられるかどうかは本人の問題以外のなにものでもないだろう。

そして、続けられたとしよう。実はここにも落とし穴がある。
いわゆる「慣れ」だ。
伝え方や伝える内容に慣れが出てくると、練習もおざなりになる。
慣れが出てきているにも関わらず、それに気づかず、同じことを同じ様に繰り返す。
いわゆるルーチン化だ。省みることがないルーチン。これは致命的だ。
そのうち小さなミスをしてしまう。
すぐにリカバリできるレベルなのでまだ気づかない。
大きなミスにつながるから気をつけたいところだ。

➽➽そのプレゼンテーションに値段はつけられるか?


(2021.03.01追記)
先日、プレゼンテーションのアドバイス依頼があった。
プレゼンそのものが苦手だという人が多く、頑張って届く言葉を探している人もいるという。なんであれ、少しでも上達したいのであれば、以下は絶対だ。

提案にしろ、発表にしろ、言葉や図を使って表現して、時間をかけて作成するわけだ。
相手に届けば、必ず反応はある。
その反応はあくまでも感謝であり、労いである。批判もあるかもしれない。
それもそれで、至らぬ点としてありがたく受け取ろう。飲み込むかどうかは後で良い。

しかし、ビジネスはそこでは終わらない。いやなんらかの利害が発生するのであれば、ビジネスだけとは限らず、「それがなんぼのものですか?」ということを常に問われていることを忘れないようにしてもらいたい。

まずは・・・上記の繰り返しになるが、その基本的なことは何かを知り、身につけることはお勧めする。
プレゼンテーションスキルを伸ばしたいだけなら、書店にいって、ビジネススキル本コーナーに行き、適当に数冊手に取ってみれば、だいたいわかるだろう。
あるいは検索窓に「プレゼンテーション」と入力し、ググってみれば、山のように出てくる。「人を動かすプレゼン」「わしづかみプレゼン」・・・云々。
それで一つ一つ見ていくとわかると思うが、たいてい同じことが書かれていて、大きな違いはない。


この記事は、2014年8月25日に書いたものを大幅に焼き直したものです。

2021年2月1日月曜日

太く、行く - -Vadis,Get Bold

 昨年の2月末に今年の人材・組織開発に関するテーマを掲げた。
しかし、そのすぐ直後の4月。コロナ禍における初めての緊急事態宣言が発出され、そのテーマより、後に考えていたテーマを前倒しにせざるを得なかった。

さて、2021年度の人材・組織開発のテーマはどうするか?
クライアント各社の方針各々から、導き出すものには、全クライアントに共通するものもあれば、共通しないものもある。
とはいうものの、共通しないものは、ほんのわずかだ。

基本的には経営戦略はどこも、今年に限っては事業や組織のレジリエンスであり、リカバリーで共通している。社会全体がそっちに動きはじめているのは間違いない。
単にコロナ以前の業績ややり方に戻すことを目指すだけで済むなら、そんなに楽なものはないだろうし、それでいいなら、今まで新たなことはやらなくても良かったのだとも言える。
何にしても、コロナ以前の業績ややり方に戻ることはできないだろうから、「できない理由」を並び立てていれば、それでOKな年になるかもしれない危険性を今年は孕んでいる
これは肝に銘じておきたいところだ。

今年限定のレジリエンスやリカバリー

社会的にも、レジリエンスやリカバリーが来年以降も続くようだと相当きつい。
レジリエンスにもリカバリーにも、それぞれデジタルによる業務改革と働き方改革がもれなくついてくるのは最早、経営者やマネジメント層であれば、誰もが理解している。
理解していないのは、理解しようとしていないだけのことだろうし、理解できないふりをしているにすぎないと捉えている。

コロナ対策としてのワクチン摂取体制づくりも行政ごとに任されている。事例好きな行政であればどこかのパターンをそのまま導入する。これにはアジャストすることも含めると余計に時間がかかる。結果、受付手続きの煩雑さが予想される。健常者が摂取できるのは、早くて7月~9月前後と見ておいた方が良いだろう。

その頃は、夏場なので、新型コロナも多少はおとなしくなると思われる。
問題はこの頃に本当にオリンピックが開催されるか否かだ。
開催されるとなると経済効果は、当初の計画ほどは望めないものの、こればかりは、政府がどのような判断をするか、各国が選手団を送ってくるかどうかで、大きく変わる。
そんなこんなを昨年末から考えながらも、2021年度をどう進めていくかを考えていた。
すると、頭の中は次のように考えるようになっていた。
「実は2020年というのはなかったんじゃないか?」

2019➽COVID19➽2021

つまり失われた2020年をレジリエンスしながら、2021年を乗り切るということだ。
であれば、もう一度2020年度のものを見直し、焼き直した方がいいと判断した。
以下、2020年度の人材・組織開発テーマ「Fortis et Vadis」を焼き直し、2021年度バージョンにしたものだ。

Vadis , Get Bold

ラテン語と英語のミックス。
以下に示すテーマ要素の頭文字を並べると「VADIS=行く」となる。
またGet Boldは単純に訳せば「太くする」もっというと、稼ぐ・儲けるということであり、ちまちまいかず、太く稼げる人材開発をやりますよということだ。
Get Boldは結果であり、太くしようとする意図なので、このための課題と解決方法を各プロジェクトでは考えていくことになる。

さて、そこでVadisである。これは昨年と同じ。その内容は昨年のものと見比べてもらえば、多少、変化していることがわかるだろう。
その違いは考え方によるものだが、やはり、新型コロナによるものが大きい。

●理念とビジョンを改めて確認する(Vision)

まず理念は変わらない。変えない。変えるものでもない。いやコロナごときで変えるものでもないと考える。これはパーパスドリブンといってもいい。
そして自分達が目指すビジョンはいったいどこにあるのか、大きな目標として再定義するか、あるいは意味を問い直すことが必要だ。
なぜなら、ワクチンが導入され全国に行き渡ると、副反応が少なければ元に戻ると考えられるからだ。

ただ元に戻るといっても、人や社会の営みが戻るというだけであって、その在り方ややり方は変化をしていく。いや変化はすでにはじまっており、これが加速し始めることになる。
そうやって新たな道ができていく。そしてどこかのタイミングでようやく、この新たな道が「ニューノーマル」と定義されるというプロセスを踏むことになる。
そうなのだ。巷で言われている現在のニューノーマルはまだ過渡期であるということだ。

●情勢把握(Antena)
世界で何が起きているか?それらが自社事業にどのような影響を及ぼすか?2019年までは遠い世界の話でイメージできなかった人は多かったが、2021年に入った今、世界の状況がいかに直結するかのイメージは持ちやすくなっているはずだ。

何が起きているのかをアンテナを張り、これが日本に、自社にどのような影響を及ぼすのかをイメージする。
情報やデータを分析し、知見を持った人と議論することで新たな発見・発想も生まれる。
全く違う分野の人と話すことも刺激になる。
今はオンラインで友達になり、オンラインで対話することも、なんなくできてしまう時代だ。ZOOMやClubHouseといったツールやプラットフォームを使わない手はないだろう。

また新技術やマネジメント手法も自ら学ぶようにする。
もう在宅勤務は当たり前になるだろう。そうするとオンラインとリアルのマネジメントが求められる。これひとつとっても、新たなことを学ぶ必要があるのだ。そうして、自社のハイブリッドマネジメントを確立していくことをお勧めする。
レガシーなものでも通用するもの・しないものを見極める。
※ハイブリッドマネジメントについてはこちら。

●対話と多様性(Dialogue、Dybercity)

数年前から多様性が求められている。
特に近年は性差や価値観が合わないことを理由に避けることは、もうできない。
危機があった翌年は、女性の活躍に大きいものがあったことは歴史が教えてくれている。
そもそも対話のない所には壁と断絶しか生まれない。
対話のためにも、縦割りだけに留まらず組織横断型のプロジェクトやクロスマネジメントを発展させていくことも必要だろう。

●自身が磨く知性(Inteligence)

①変化する状況から舵をとる方向を判断すること
今、何が起きているのか?状況を打破していくには、何を起こす必要があるかの判断ができること。人間関係においても周囲の変化を把握し、対処する。無用なトラブルを未然に防ぐことにつながる。

②こだわりよりも「理(ことわり)」から柔軟に動く
外部環境の変化に対し、適時対応していく。2021年度は昨年度以上に計画通りにできない可能性はある。最終的なゴールだけをにらみ、都度・適時に対応する。
最初に考えていたことだから、それをやりきる。これも立派な考え方だし、そうすることで物事は達成・成就する。しかし今はそういう安定した状況ではない。社会全体が不安定な時は、計画の精度を上げる方法はたった一つしかないオプションを用意しておき適時対応でスピーディにやることだ。ただ適時対応していればよいということではない。のんびりやっていては意味がないということだ。大事なことは先手先手で適時手を打っていくことだ。最悪のケースを想定して、その場合のオプションを用意しておくことも含まれる。
その最大の基準となるのは、理念であることは間違いない。

③何かと創造的にアプローチする
既存の知識や技術を組み合わせ、新たなエッセンスを見つけることができれば可能となる。
これは従来の創造的アプローチの最たるものだ。
それよりも、そのアプローチを直感的に生まれる妄想に適応させるように考えよう。
その方が早いし、その方が楽しいし、その方が「具体的」にしやすいし、その方がよほどイノベーティブなことが生まれる可能性が高い。
「こういうものがあったらいいのにな」ここからスタートしていけば良い。
妄想を具体化する方法はセッションでお伝えしていく。
その気さえあれば、たいていのことは実現可能だ。

●スピーディに行動(Speedy Action)していく

VUCAな時代だからこそ、スピーディに動くことは当たり前だ。
そのためにも頭の切り替えをスピーディにやることだ。
そのためには、進め方のオプションを持っておくことだ。
オプションの考え方はいつも言っているトム・ディック・ハリーだ。
※トム・ディック・ハリーについてはこちらを参照。

感染速度が速いのは、人がつくってきた文明が発展してきたことと比例する。
これに対して日本政府の判断が遅いのかどうか、その内容が良いのかどうかの判断をする共通の基準は、誰も持ち合わせていない。
あるのはそれぞれの「べき論」でしかないとわきまえよう。
 
批判することは誰もができるが、だからといって、真っ向からその判断に背く行動をするものではないし、多くの人はそんなことはしないだろう。
政府の味方をするつもりはないが、昨年、政府からあったのは、基本「依頼・お願い」だった。こ2021年は可能な限り、方針に対応しつつ、昨年の記事にも書いたが、これから出てくるかも知れない「指示命令」に注意を払っていくことも必要だろう。

だからこそ、何度もいうが、事業活動に関するオプションは複数用意しておく必要があるのだ。何もできない状態になった時に、つまり現在の飲食業に課せられた状況のようになった時に、すぐに手を打てるオプションを用意しておかねばならないということだ。日本の法律下における緊急事態宣言や措置というものによって、事業の体力がジワジワと奪われていくことは火を見るよりも明らかだ。

●防波堤が決壊していることに、企業は何ができるか?

昨年の記事では、以下を書いた。
感染拡大に対して、いくつかの病院は「最後の防波堤」という自覚はあると聞く。ならば企業は、「従業員、顧客、事業を守る」という意味で「灯台」であってほしい。
企業として、「従業員を守り、顧客を守り、更に事業を守る」
そうすることで、社員や顧客の不安は軽減できるだろう。
企業として、拡大路線に走れない現状では、積極的に「守り切ること」に専念することも必要だ。
特に損益とキャッシュ・フローはしっかりお願いしたい。

それでこれに対して2021年度は、「決壊している防波堤に企業は何をできるのか?」を考えていただきたい。
今、病院が困っていて、自分達ができることは何か?
ちょっと考えるだけで、いろいろと出てくる。
SDGs・・・誰一人取り残さないという考え方も加味すれば、アイデアも生まれるだろう。
SDGsに手を挙げているクライアントとはアイデアを早く確実に実現していこうと思う。

2021年1月1日金曜日

2021年 謹賀新年 新常態への本格的スタート

新年、明けましておめでとうございます。
昨年はいつもとは全く違った日々の連続でした。
弊社の仕事はずっとオンラインのみの対応でしたが、それでも続けさせていただけたことは、新たな仕事の取り組みの構築のお手伝いになったのではないかと捉えております。クライアントの皆様には、お礼を申し上げるとともに、とても大切な思いを共有させていただけたと感じております。

➽➽不確実ではない時代はなかった

かつてない不確実な環境下で2021年が始まると言われています。
では不確実でない時代というのは、本当にあったのか?
最初にこの疑問が浮かびました。
少なくとも私が学生の頃に流行ったJ・ガルブレイス著「不確実性の時代」以降、一度も確実な時代はなかったのではないかと思えます。

➽「どうにもならない」と「異質な不確実性」

さらにコロナ禍により、個人の生活も企業の活動も一変しました。
我々が置かれている現在の状況は、人の流動性を高めて経済を活性化し、感染が拡大すると防止に切り替えるという極端な振り幅を持ち、これこそが、"Nothing can be done"(どうにもならない。)と分断の流れを強化するように思えてなりません。

2020ニューノーマルへの本格的スタート

これまでとは異質な不確実性の中に生きているのだと思えます。
本当のVUCAな時代になってしまったということです。
そして「一年経った」ということだけであって、「どうにもならない」といえるほどの経験値を積んではいないのも事実でしょう。
経済活動というアクセルと感染拡大防止というブレーキは、今のやり方とは違う全く違うやり方が存在し、それは誰もが全く経験したことのない、変えられないとされてきたものの中にこそあり、これが新常態(ニューノーマル)の正体であるのかもしれません。それがどんなものか、誰もまだ見つけていません。
意外に単純な答えかも知れないとも考えています。

➽変えられないという選択肢はないかもしれない

従来ならば、変えられるものと変えられないものがはっきりと分かれていました。
テレワークひとつとってもわかるように、変えられるものであっても変えられないとしてきたのは、我々の感情や思い込みに過ぎないものでした。
それでも変えられないものは本当にあるのか?多分あるでしょう。
あるでしょうが、本当に変えられないものかどうかを今一度吟味してみるのもひとつでしょう。少なくとも今とは違う前進の道が見えてくるはずです。

「ウィズコロナ」はあるにしても、「アフターコロナ」の時代は果たして訪れるのでしょうか。
その答えはわかりませんが、ニューノーマルに向けて変革に伴うリスクを恐れず、事業のプロセス、企業の体質、あるいは生き方や働き方を根本から見直そうとチャレンジしている企業があります。

このニューノーマルの正体を突破できる答えを持つ者が、どこかに現れてくるのかもしれません。
しかし、それを待っているだけに留まらず、我々は目の前の課題と遠い先を見越した課題に取り組んでいかねばなりません。それを忘れてしまった企業や人に進歩はないでしょう。

➽ナウシカの回答は何を意味するのか?

2020年末にテレビでアニメ映画版「風の谷のナウシカ」が放送されていました。
数回観た記憶はありますが、今回はなんとなくクリスマス気分で観ていて、放送されたアニメ映画版と漫画版「風の谷のナウシカ」とではエンディングが違うことを思い出した途端、浮かれ気分も吹き飛びました。
風の谷のナウシカ©スタジオ・ジブリ


アニメ映画版はハッピーエンドで終わりますが、漫画版では、さらに過酷な未来が待ち受けており、文明が失われた世界が描かれています。
猛毒の大気を撒き散らす菌類の森=腐海が人類の生存を脅かし、その腐海が拡大していく。そこは現代と同じマスクなしでは生きていけない世界。
描かれているのは、拡大し続ける新型コロナウィルスに対する現在の我々と同じように、不安や怒りがうずまく人々の表情。
その最終局面で、ナウシカは、失われた文明の一部を発見します。
人々は喜びます。「これで元に戻れる」と。
しかしナウシカは、これを破壊してしまいます。
これがナウシカの文明に対する回答でした。
果たしてこの「破壊」の意味は何であったのか。

この年末年始はいくつもいくつも疑問が浮かび、その疑問に何一つ自分なりの回答を出せない、気持ちの悪い時間を過ごすことになってしまいました。

「一年経った」という事実とそれほどの経験値を積んでいないということ。
変えられないとしてきたことにこそ、もしかすると、ニューノーマルの正体が潜んでいるということ。
この2つを得ただけでも、気持ち悪さも無駄にはなっていないということだろうと考えています。

今年も、弊社は、クライアントの皆様と共に、この不確実な海を漕ぎ進むために、リーダーシップとコーチングをベースに課題解決と事業支援を行ってまいります。

本年もよろしくお願いします。

2021年1月1日 
株式会社ガンビー・コミュニケーション
代表取締役 吉尾直記

2020.01.02追記
1月2日の午後、関東圏の各知事が共同で政府に対し「緊急事態宣言の発出要請」を行いました。
果たしてこれが、どれほどの効力を持って、感染拡大を抑制できるでしょうか。
続くワクチンや治療薬はどこまで感染の連鎖を断ち切れるでしょうか。
変えられないとしてきたものに手をつけて変えない限り、激しい振子が繰り返されるように思えます。


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